鳳林寺縁起
月光山 鳳林寺
鳳林寺本堂
往古は真言宗であった。真言宗としての創立は不詳。
正保年間(1644〜1648)曹洞宗に改宗したといわれる。
曹洞宗としての開創開基は生岸宗誕和尚(〜明暦元(1655)年)、開山は本寺桃原寺2世龍岸詳呑和尚(〜承応元(1652)年)。
元は現在地より北にあり法林寺と書いたが、火災のため移転し、鳳輪寺と改め、更に安永2年(1773)現在地に移転し鳳林寺と改称した。
本堂 安永 2(1773)年 再建。
大正10(1935)年 大改修 瓦葺にする。
平成23(2011)年 再建。
開山堂 大正10(1921)年 本寺 桃原寺の建物を払い下げてもらい建築。
昭和52(1977)年 再建
平成23(2011)年 再建。
庫裡 文久 3(1836)年 再建
昭和38(1963)年 改修 瓦葺にする
三門 文化 9(1812)年 再建
昭和20(1945)年 空襲の被害にあい、その傷跡は今も残る。
平成18(2006)年 改修工事を行う
本尊は延命地蔵菩薩。
本尊延命地蔵菩薩
鳳林寺はもと月光院といった。これは、付近の樹木が鬱蒼として、月の光に照り映え、キラキラと光を放っていたためといわれる。
今でもこの付近を月光と呼んでいる人もいる。
東海道の松原も俗に「月光の松原」ともいっていた。
空葬式の伝説
昔、鳳林寺の檀家に葬式があった。この葬列が、東海道月光の松原に差しかかった時、
東の方から1人の僧が通りかかり、つくづくと葬列を眺めていた。やがて、
「誠に立派な葬式だが、棺の中に仏がない」とつぶやいて西に行きすぎた。
葬列はそのまま鳳林寺に入り、式は厳かに進行していったが、読経中に棺をかついだ6人の人々が僧の独り言を思い出し、
確かに棺が軽かったと口々に言い始めたので大騒ぎとなった。そこで住職の立ち会いで、棺のふたをはずしてみると、不思議にも
僧のつぶやいた通り、遺骸は全く消え失せて、ただ着物の一片を残すのみであった。
一同は驚いて早速人を飛ばして僧の後を追わせると、幸いにも安倍川の畔で追いついた。ことの由を述べて祈祷をお願いすると、快く鳳林寺に立ち戻り、立ち騒ぐ人を制し、「これは悪魔が仏を奪い去ったのだ。我が法力を以て取り戻さん」と言い、経文を念ずると、僧の衣から光を発し、会葬者は思わず合掌礼拝した。
その瞬間、月光の松原の一段高い老木の上から遺骸は音もなく降りて棺の中に納まった。一同はただ夢に夢見る心地しながらも、無事に葬式が済んだことを喜んだ。
参考文献:有度郷土史
出典:文化3年(1806)江戸幕府・道中奉行所により作成された街道実測絵巻
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